スポーツ保険は万全か2009/06/03 20:49

学校行事以外のスポーツ事故を対象とする保険に(財)スポーツ安全協会のスポーツ保険があり、北島町スポーツクラブも強制加入(年間保険料1600円)です。

その保証の主な内容は入院費、通院費の他、死亡2000万円、後遺障害最高3000万円です。その他に損害賠償保険があり、活動中に他人に損害を与えた場合、総額5億円、一人あたり1億円が保証されます。

さて、本日の朝日新聞によると
サッカー大会中に落雷事故の後遺障害に対し、約3億円の支払い命令があり、サッカー大会を主催した大阪体協は、組織を解散し5000万円を捻出し、保証金に充てるとのことである。

北島スポーツクラブの活動で、同様なことが発生した場合、損害賠償保険の対象にはなりませんので、どのような事態になるのでしょうか?想像もつきません。

町内すべてのスポーツクラブの問題として、教育委員会内での検討が必要です。次回6月22日のテーマに含めたいと思うます。

ニュートンランニングシューズで試走2009/06/03 21:11

ニュ-トンランニングシューズで試走しました。

この靴には、靴裏の前部に4本の長方形の縦型のクッションがある。愚息の話によると、このクッションが、前傾姿勢と反発力を高めるとのことで、マラソンの後半、疲れがでる場面で、効果が感じられるとのことである。

ルームランナー(10kmで90分)試走した感じでは、最初、靴裏に異物感があり、同時に、自然にキック力が強まったように感じた。数分ほど走ると、特に異物感はなくなりなった。単に異物感がなくなったのか、靴裏に何かの変化が起きたのかは不明。いったん停止すると、異物感は復活。急斜面を駆け上るには、さすがに違和感が大きいが、2から3%斜面では問題なさそう。下り坂は、道路で試走する必要有り。


靴の形状は、アシックスと比べ縦長で、指先に充分余裕をもったままでサイドは、ぴったりである。

マラソンのタイムが30分速くなる?????。でも、アスリートは使っているか????。
信ずるものは裏切られ、信じないものは救われないが!!!。
とりあえず、来年の海部マラソンまでは信じることにしようか!!

フィンランドの教育システム2009/06/04 20:13

フィンランド科学アカデミー外国会員 中嶋 博先生の講演録から抜粋すれば、

*****************************

フィンランドの教育指針は
①居住地、性別、経済的状況や母国語の如何を問わず、教育への平等な機会
②地方での教育の接近制
③性差別の皆無
④教育が総合的に無料
⑤総合的非選別的基礎教育
⑥支援的柔軟な管理:全体の中央集権的な助言と地方での実施
⑦全てのレベルにおける課業の相互関連的協同的方策(助け合い):パートナーシップの概念
⑧学習への個人的支援と生徒の福祉、
⑨発展志向評価と生徒の評定(テストも序列リストも無い)
⑩高度の資質を備えた自主性を持った教師
⑪社会・構成主義的学習概念



義務教育は、日本と同じ6・3制。(日本がモデルになったとのこと)
グループ学習、少人数学習、公民教育、環境教育の徹底が特徴。
基礎学力が身についていないと思われるものは、本人の意志、教師の助言で更に1年間義務教育を履修できる。(落第生のような後ろ向きの評価はない)


高等学校は単位制で、各生徒が独自にコースを組み立てる。6週38時間が1単位で、卒業に必要な単位は75単位(最高85.5単位)

1994年の学習指導要領改訂で、1/10の量になり、現場の教師の裁量が拡大、各学校の特色が出せるようになった。

英語教育はEU加盟の問題もあり、小学3年生から必須科目、1年からの授業も可。

授業時間は、2004年統計では年間555時間で、世界最低レベル。

2004年の学習指導要領改訂で、数学と母国語の授業1、2時間(週?)増加させると共に、小中学校一貫性に。また保健と総合学習の時間を促進。小学校に中学段階の数学の基礎を教えるために中学校の数学教師を配置。

実験校では、金曜日は全日、総合学習に当てられている。
総合学習のテーマは、個人的な成長、文化的同一性と国際化、コミュニケーション能力とメディア技術、参加型市民性と起業家精神、福祉と持続的未来、安全と交通、人間とテクノロジー。


*************************
<後藤田の意見>
最近の文科省の取り組みの中に、フィンランドモデルが取り入れられているようですが、一部分を採用するだけでは、混乱を増すだけです。

優秀で、モラルの高い教員をどのように確保するか?
各教員の自主性と全国的統一性をどのようにバランスをとるか?
少人数、個別指導をするための予算をどのように確保するか?
社会性を教科書(授業)にどのように表現するか?

国家的、長期ビジョンが試されています。

梅雨の走り2009/06/05 18:41

梅雨の走りのような天候です。

失敗作のタマネギも、まあまあのジャガイモも、まだ畑(町を仲介した借地農園)の土のなかです。明後日あたりが最後の収穫チャンスかも?

ところで、雨の日には、障害者用駐車場の不法(不道徳)駐車が目立ちます。スーパーなどでは、若者、主婦、老人等色々ですが、北島町のスポーツ施設(サンビレッジ)では、圧倒的に老人パワー炸裂です。

一部、脚の悪い方(杖をつくほどではない)の利用も有るようですが、ほとんど元気なご老人、毎日お見えの会員の指定席のようです。

「運動目的の方が、恥ずかしい??」若者声です。どう思われますか?

今日のテーマは、いじめ2009/06/09 20:15

社会問題化している学校の「イジメ」。テキストは、以前にも取り上げたプロ教師の会、喜入克の著作です。

昔の「イジメ」には、いじめる側といじめられる側が固定化されていたが、現代の「イジメ」は、色々なタイプがある。

昔のタイプのイジメ、すなわち、暴力、暴言等の証拠がはっきりしているイジメに対しては、教師は断固とした指導、イジメは犯罪であるとの意識をもって指導しなければならない。

現代の「イジメ」の特徴は、人間関係が反映するイジメである。多数は、少数派を無視する、仲間はずれにするイジメの場合、どこからが、単に人間関係も問題、どこからがイジメと規定するのは難しい。

しかも、最近の子供達の人間関係は狭く、極端な場合、3人の仲間が、2対1に別れ、2が1を無視する「イジメ」も発生する。といって、1が他の仲間を求めるのも困難な場合も多い。

1つの、クラスの中に、たくさんの、孤立した人眼関係の輪があり、その中での人間関係のトラブルが無視といった見方によっては「イジメ」と言える行為を生んでいる。

このような「イジメ」は、いじめる側といじめられる側は、固定的とは限らないし、教師と生徒の人間関係が、よほど濃厚でなければ、発見も困難である。

別の、見方として、「イジメ」の解決を困難にしているのは、子供達の自立との関連である。自分だけで何とか解決しようという気持ちの芽生えは、ある意味で、人間の成長には不可欠である。このような年代の子供達に、親に相談しろ、先生に相談しろと指導するのは、多少無理がある。

相談相手は、あまり頼りにならない斜めの関係「先輩、バイト先の上司、親戚のおじさん等」の方が相談しやすいのではないかと思う。

また、学校は、「楽しいだけの場ではない。子供が成長できる可能性のある場、子供にとって喜怒哀楽の全てがある場と認識する必要がある」

「イジメを「なくそう」とお題目を唱えても、子供達がイジメと認識しなければ、イジメ解消の第一歩は始まらない。「負けるな」「うそをつくな」「弱ものイジメをするな」 等々のシンプルなスローガンを語るべきではないか。

「イジメは根絶できない」「イジメはいつもある」「子供の自立の過程で、人間関係の問題が生じる」と考えて、対処しなければならない。


広い人間関係と自立するための相談相手の提供こそが、解決の第一歩かもしれない。